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2011年10月 7日 (金)

おふくろの味とは。

空気が澄んでいて気持ちいい。

台風だなんだとばたついていたら、いつの間にか秋になっていた。仕事中に開けた窓からすっと入ってくる完全な秋風に気分を良くして、過ごしやすい季節だなぁとしみじみ感じたり。

この過ごしやすさが原因なのか、食欲旺盛。まぁ年中食欲が減退することはほぼないのだけれど、この時期はその欲求がますます強くなるし、そして燃費もよくなってしまうようですぐに空腹感を感じる。

4月から実家を出たため、自然と自炊することが多くなった。私は元来料理が大好きだ!というわけではなく、一人暮らしをしていた頃などは自分ひとりの空腹感が充たせればとにかくなんでもいいやというタイプだった。

適当にカレー、丼、パスタなどを作り、野菜は切るのが面倒でそのまま丸かじりしてみたり、野菜ジュースで満足していたり。あとは外食で栄養がとれているのだからいいだろうと。

栄養バランスやらバラエティーやら見栄えを考えるようになったのは、自分が作ったものを喜んで食べてくれる人がいるからだろうと思う。一人であれば自堕落な私はまた自堕落な食生活に戻ってしまうような気がする。

料理をするということを日常的にしてみて、実はそれはとても楽しいものだとやりがいを感じているのだけれど、一方で気づくこともある。それは母親の味というものだ。

母親の料理が特別おいしい!と感じたことはないように思っていたのだけれど、実際母親が作っていたものを思い出しつつ作ってみても、全く同じにならない。どこか違う。味の深みのような。何かは分からないけれど何かが足りない。

簡単なハンバーグであっても、肉じゃがであっても。サラダのドレッシングであってもだ。

母親は、祖母が亡くなったときに言っていた。

「もっと教えてほしいことがいっぱいあったのに。分からないことがまだたくさんあるのに。」

母親の味、祖母の味というものは、様々な経験をした、あの年齢に達した人が出せる味なんだろうか。それとも母親、祖母というものに自分がなったら、自然と「その味」が出せるようになるのだろうか。あのあったかくて、少しかさっとした母親の手で作るからだろうか。不思議だ。

母親は私たち娘が幼い間の10年を除いて、ずっと働いている。朝は私よりも早く家を出ることもあれば、夜も私より帰りが遅いことだってある。そんなときは私たち娘が適当に食事を作るのだけれど、あくまで本当に適当なことが多い。

忙しい母親も手の込んだ料理を作ることはほとんどない。それでも、やはり朝はほぼ必ず味噌汁を作り、短い時間の中で何種類かの料理を作る。そしてそれは圧倒的に母親の味なのだ。

いつか私も母親の味を出すことができるのか。あの、よく分からない、深みみたいなもの。

 

全く話は変わるが、米アップルの共同創業者、Steven Jobs氏が亡くなった。

これを受けて彼がスタンフォード大学の卒業生に送った有名なスピーチをもう一度見てみると、本当に彼はこのスピーチ通り、毎日を人生最後の日だと思って、走り続けて生きてきたんだと改めて思う。

彼の言葉は若者をひきつけ、そして奮い立たせる強さがある。

Love what you do.

If you haven't found it, keep looking and don't settle.

Keep looking, Don't settle.

自分のやっていること(仕事でも恋愛でも)を愛そう。もしまだみつけられないのなら、探し続けること、止まらないこと。絶対に探し続けること、落ち着かないこと。

http://youtu.be/UF8uR6Z6KLc

どんな些細なことも、地味なことも、そこに信念と愛情を持っていられたらと思う。

もしかして、母親の味は、家族に対する彼女なりの信念と愛情の現われなのかもしれない。それが深みになっているのかもしれない。母親でいることの誇りみたいなもの。

もしそうなのだとしたら、それは当然こんなぺーぺーの私に出せるはずのない味である。

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