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2011年4月23日 (土)

スタート。

ダンボールがいくつも積み上げられた部屋の中で、この文章を書いている。

明日この部屋を出て、新たな場所で住み始めるのだ。

たいして物は持っていない方だと思っていたのだけれど、それでも何度も読み返したい本や雑誌、捨てられずたまっているCD類、洋服やかばん、キャンドルやお気に入りのキッチン雑貨など。詰め込んでいたら結構な量になってしまった。

明日ハイエースを借りて迎えに来る相方はびっくりしてしまうかもしれない。意外に捨てられない女なんだなと。

これまでも何度か実家を出ることはあった。それでもそのときの気持ちと全く違うことに、荷造りをしていて気づいた。

もうここに戻ってきてまた当然のように生活することはないのだ、ということ(そうであったら逆に困る)。

この部屋から出勤し、この部屋に酔っ払って帰ってくること。

この部屋で音楽を聴きながら雑誌を読んでぐうたらして、この部屋で時に考えに耽ること。

そして、いつでも必ずどこかには家族の姿があるこの家。

特別温かいわけでも美しくもない普通の家だけれど、その空気がなんとすっかり自分の体中に沁み込んでしまっていることか。

海外にいた年月を省いたとしても、おそらくこの家に10年はお世話になっている。

そしてもちろん物心ついたときから、この家族との生活が当然としてここにある。

海外生活をするために家を離れるときというのは、やっぱりもちろん、ここへ戻ってくるという前提での出発だけれど、今回は、この住み慣れた場所を離れて、新しい場所で、同じようにもしくはそれ以上に自分らしい場所を、自分で作っていくという覚悟にも似た気持ちの出発だ。

戻ってくる前提の出発と、戻らない前提の出発にはこんなにも感じ方が違うのねと、やっと昨日荷造りをしながら実感できたのだ。

お互いが選んだ相手と、お互いが選んだ場所で暮らし始める。そして今度は自分達で家を、家庭を作り始めることに、大きな可能性や自由を感じつつも不安は隠せない。そして住み慣れた環境を離れる寂しさ。こんな未完成で不十分で、そして意外に寂しがりやの自分で大丈夫かしらと。

母は、なんとかなっていくから大丈夫でしょう、という。母に言われればそんな気もする。

相方は、私に「信頼」ということを教えてくれた人だ。だから信じてついていけばいいような気もする。

部屋の整理をしていたら、思いがけないところから思いがけないものがちらほら出てきて自分の部屋なりにサプライズがあって、にやけたり、ほろりときたり、なんだこの感覚はと一人思っている。

そのサプライズは、大好きな本の裏表紙から出てきたり、タイトルのないCDから流れてきたり、何年も空けていなかった小物入れから顔を出したり。

思い出にひたることは決して悪いことじゃないと思う。それに囚われすぎてはいけないけれど、良い思い出を持っていることは幸せなことだ。

けれど、この家で、この部屋で生まれた思い出は新しいところへ全て持っていくには大きすぎるから、ここに置いていこうと思う。そしてきっとちょくちょく帰ってきては、私にすっかり馴染んだ部屋でだらーんとしようと思う。妹達にこの部屋を物置部屋にしてしまわないように言っておかなければ。

ひとまずこんな区切り。

ありがとう、愛すべき私の部屋、家、そして家族。

そしてよろしく、愛するであろう私の新しい家、そして家族。

新しいことをするときにいつも感じる興奮、不安、そして覚悟ができたことへの誇り、みたいなもの。それがとても好きだ。

ただその一方で、いつにも増した寂しさ。

でもこれはきっと、私の人生の中でのひとつの大きな区切りのスタートだと思う。

だからこそあえて気楽にこのスタートを切ろうかと思う。ジュンスカのSTARTでも聴きながらな感じで。

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