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2011年3月27日 (日)

春よ早くおいで。

ブログを開始した頃は月3,4回更新していたのに、最近更新が滞ってしまっている。

書かなきゃいけないという義務はないのだから別にいいのだけれど、習慣化しているものが習慣的にできていないのはあまり気持ちがよくない。

空は真っ青な日曜。来週あたりからは桜の見頃になるらしい。

昨年もそうだったけれど、2~4月は仕事に忙殺される時期らしく、常に何かに追われているか、何かを追っかけているかの状態の中で、引いた弓矢を思い切り射ったような、こぎ始めた車輪が坂道を転がり落ちるような圧倒的スピードで日々が過ぎていく。もうこうなったら自分の力では到底止められない。

こんなとき、たまにふと我に返って、忙しさを理由に相手に対する配慮やら、優しさやらが十分できてないことに後になって反省したりする。と同時に、自分なりに出来る限りの仕事をしてるつもりなのに、なぜこの人は認めてくれないんだろ、分かってくれないんだろと空しくなることもあったり。

ブログを更新していない間に、様々なことが身の回りでも世間でも起きている。

震災が起きたときはもちろん勤務中だった。結構長い時間揺れていたので、パソコンの画面を見ながらだんだん気分が悪くなったことを覚えている。

海外から日本へ来たばかりの外国人講師達も研修を行なっている最中だった。

彼らは初めての地震体験が相当怖かったようだ。

日本のどこかできっともっと揺れているところがあるんだろうなぁなどと思ったけれど、ニュースを見るまではここまで規模が大きく、被害が広がるものだとは想像もしていなかった。

災害はいつだって、人間の予想やら想像やらなんて完全飛び越えて突然襲ってくるから、その猛威の中ではどんな賢い人も、偉い人も、金持ちも、浮浪者も、年寄りも、子供もみんなひっくるめて呆然と受け入れるしかなくなってしまう。

何か私にできることはないかな。

みんなが思っていることだと思うし、そんな気持ちを感じたり触れたりすると、その純粋さにものすごく客観的な言い方にはなるけれど、心が震える。

それぞれに立場があるのだから、それぞれができることをすればいいと思う。

私も、ボランティアに行けないかとか、街頭募金をやろうか、などと焦っていろいろ考えたのだけれど、当然だけど、自分自身の日々の暮らしの忙しさを無視はできない。

外国人講師を多く雇っている私の会社でも大きな影響を受けている。関東地区ほどではないにしろ、中部でも1割近くの講師が退職をして帰国してしまった。

当人達多くは日本に残りたいと言っていたが、海外にいる家族から見れば、帰ってくる場所があるのなら、今あえて余震や原発の危険性があるところに居続けることはないと、帰国を切望されて日本を発ってしまった。家族の気持ちはもちろん分かるから無理に引き止めることはできなかった。

帰国してしまった講師達のクラスをなんとかカバーしたり、残っている外国人講師達の不安が少しでも解消されるように声かけをしたり、学校への協力を求めたり、関東地区で研修予定だった新人講師達を中部で受け入れたり。そんなことをしていたら時間が過ぎてしまっている。

でも、これが今の私にできることじゃないだろうか。わずかばかりの募金を続けること、目の前にいる少しでも影響を受けてきた人達に対してきちんと接すること。

とてももどかしいけれど、今の私が被災地に行って長期ボランティアをしたり、どこかの会社の社長のように多額の寄付をすることはできない。怪我をした人の治療もできないし、まだ行方不明の家族を一緒に探すことだってできない。

せめて自分のできる範囲の、自分の届く範囲の人達にたいして、私に関して言えば、不安を抱えている外国人講師達に対して、出来る限り自分のできることをしようと思う。そうやっていろんな人達が半径数十メートルの関わっている人達に対して接していけば、きっと被災してしまった人達までそれは波及していくんじゃないかと、もどかしい私は都合よく考えている。

そして、忘れてはいけない。

時間というのは都合良く、残酷なほど様々なことを忘れさせてくれることがあるから。それに随分助けられたこともあったけれど、このことに関しては忘れてはいけないと思う。何かしてあげたいと思った気持ちを少しでも長く持ち続けて、細く長く続けられる協力をしたい。

あと、日々の当然な平凡さへの感謝。

忙殺はされているけれど、必要とされている仕事があること。家族が元気でいること。帰る家があって、毎日食べるものがあって、温かい毛布に包まって眠れること。自分のことを心配してくれたり、自分が心配できる人達が周りにいてくれること。

今回の震災でも、海外の友人達から私を、日本を気遣うメールをもらった。ブラジルから、アメリカから、韓国から、カナダから、イギリスから。遠い小さな国で起きた出来事で、私のことを思い出して心配してくれる人達がいることに感謝。

皮肉なことではあるけれど、こういう時に人との繋がりを再認識できたりする。

平凡な毎日の中では到底気づくこともできない、その平凡な幸せ。

来週にはこのあたりでも桜が満開になっていくらしい。

東北にも早く春が来て欲しい。

そして桜が早く咲いてくれたらいいなと思う。

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