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2010年6月18日 (金)

愛知県。

とうとう梅雨入りをしたらしく、今日は1日中雨が降り続いている。

天然パーマの髪は敏感にうねるし、傘を持ち歩くのは面倒くさい。

雨を眺めるのも、雨音を聴くのも、ときには雨だれをぼんやり数えたりするのも好きだけれど、毎日しとしとと雨が降り続くのはあまり気分的にはよろしくない気もする。

どうせ外へ出たら濡れてしまうんだし、当分は映画でも観るか、本でも読むか、サッカーでも応援するかして過ごすのが賢いと思う。

 

この間、COP10のボランティア説明会へ参加してきた。

知っている人も多いだろうけど、生物多様性条約の締約国会議のことで、この愛知県で10月に開催される。

帰国してからすぐにこのCOP10の開催を知って、可能であれば数日だけでもボランティアで参加をしたいなぁと思っていた。

募集人数800人のところ、結局は2000人もの応募があったとのこと。

自然破壊がどうだとか、絶滅の危機がどうだとか、温暖化がどうだとか、なんだかそんなことを考えてるのは難しいし、

正直私も現状がどうなのだといったらよく分からない。

そんな大規模なことより、私のまわり半径10m以内くらいで起こっている事柄を把握していくぐらいで、私の生活はいっぱいいっぱいだ。

ただ少しでも参加してみたいなと思ったのは、、

『多様性』ってなんなの?っていう素朴な疑問から。

それは個性のことをさすんだろうか。多様性が失われていくってどういうことなんだろ。

自然にこれまで続いてきたつながりみたいなものが、不自然に壊れていくことなんだろうか。

それは動物達をさすのかもしれないし、環境をさすのかもしれない。私達のことなのかも。

あと、世界各国から来日する人々に接することもできるかもしれないし、

せっかく地元で行われるこんな大きなイベントなんだから参加してみようかな、なんていうミーハーな気持ち。

まだ参加は決まっていないけれど、1日だけでも肌で感じてみたいなぁと思ったりしてます。

 

8月後半からは、『あいちトリエンナーレ』も始まる。

現代アートの不可解さに半笑いになりながら美術館をぶらぶらするのも好きだし、

ひとつぐらいは舞台も見たいなぁなんて思っている。

せっかくこの場所に戻ってきたのだから、

この場所で行われる事柄を楽しめたらいいなと思う。

10代の頃から、こんな何もないところから出て、いつか海外に住んでみたいなんて漠然と思っていた。

地元にあるものなんかは見飽きて、外の世界はきっともっと美しくて、刺激があって、楽しいに違いないと信じていたし、確かにそうだったりもした。

今こうしてまた地元へ戻ってきて、やっぱりたいして変わり映えのない環境を日々感じている。

でも10年以上前に思っていた、外への漠然とした憧れみたいなものはあまりなくなった。

故郷はどこまでいっても故郷なので。

それは変わり映えしなくてよいものなんだと思える。

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2010年6月 3日 (木)

庭。

少し久々のブログ更新。

たいしたニュースもなく平凡な毎日だけれど、

しいて言えば、

先日、会社の階段から10段落ちをした。

奇跡的な受身を瞬時にとり(自分で自分を褒めたい)、大きな怪我はなし。

ただ、両脛と右腰と右肩甲骨あたりに大きな痣。

三十路にして、なんなんだこのやんちゃな体は、という感じだし、

三十路なため、この痣、なかなか消えないと思われる。

階段は手すりを持って上り下りしようと固く心に決めた。

 

久々に会う友人の家で飲んだりもした。

レコードから聴こえる心地よい音楽と、自家製梅酒で気分は最高。

マイケルの曲にあわせてムーンウォーク。

酔うといつもより上手くできると感じるのは気のせいでしょうか。

あとは街中で偶然そこそこ好きな芸人を見かけて、勝手に親近感を持ってみたり。

仕事は相変わらず分からないことも多くてミスもしてみたり。

ミステリー小説にはまりつつあったり。

朝、ありえない寝癖がついていたり。

そんな感じで日々過ぎている。

 

庭にある枇杷の木が大量の実をつけはじめた。

さっと水で洗って皮をむいて食べる。まだ完全に熟していない甘酸っぱさも好き。

以前はたいして考えたこともなかったけれど、庭があるってやっぱり恵まれてるのかなぁと思う。

素麺がお昼ご飯になるときは、紫蘇の葉を摘んでくることが私の役目だったし(子供の頃は嫌いだったから食べなかったけど)、

冬には柚子をたくさんとってきて、お風呂に浮かべたりした。つぶすのが楽しくて調子にのってやっていたら、後で肌がひりひりする上に、母親に掃除が大変だと毎年叱られた。

金木犀や梅の花の匂いも大好きになったし、ツツジの花をいくつもとって蜜を吸ったりした。

牡丹の花がぼとぼとと落ちていくさまは、子供心には残酷だと思ってたけど、一方で潔くて艶っぽくて、今はとても好き。

金柑は皮ごと食べられて楽だし、ザクロは一つ一つの実が宝石みたいに綺麗で、イチジクは中身が怖くていまだにあんまり好きではない。

朝は当時飼っていたニワトリの玉子を小屋からとってきて食べた。私の家でニワトリを飼っていることを友人達が知っていたため、祭りの後にヒヨコを持ってくる子がいたりした。大概翌々日くらいには冷たくなってしまっているので、感受性の鋭い小学生にはショックな光景を見させられた。

蟷螂の孵化を見たのも、父親にモグラを無理やり触らされたのも、七夕の笹を飾ったのも、鼠花火をしたのも、かまくらを作ったのも、全てこの庭だ。

その庭が最近、夏に向けて、猛烈に緑。

自由奔放に生い茂りつつある。

庭師さんを呼べばいいのだけれど。

昔はいつも来てくれる庭師のおじいちゃんがいて、呼ばなくても勝手に来て切り始めているし、そして1週間くらいかけてやるためにお茶菓子代もかかってしかたないと、母親が文句を言っていた。今は懐かしいおじいちゃんだ。

帰国して半年以上が経って、もうすっかり日本での生活に浸かっているけれど、久々の、この夏へ入る前の緑な感じが、いいなぁと思う。

ここの夏は夜がいい。というか夕暮れ後の桔梗色な感じ。昼間の暑さが少しだけ緩んで、生温い風の中にときどき涼しさが入り混じる。

今この瞬間、水田の中から聴こえる大量な蛙達の鳴き声が煩い。でもそれすらちょっと懐かしくて、微かにうれしいような、うまく表現できない感じ。

今日は桔梗色の空の下、駅から自宅へ帰る道すがら、大きな雨粒が数滴落ちてきた。庭へ入った瞬間に土砂降り。

猛烈な緑が生い茂ってるおかげで濡れずにすんだし、

土砂降りが始まる瞬間が私はとても好きなので、

なんだかとてもうれしくなってしまった。

たいしたことのない日々の積み重ねは、時間が経つと、実は随分特別でたいしたことでもあったんじゃないかと思えたりする。

うちの庭には、そんな昔からの日常がたくさん積もっているみたいだ。

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