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2009年12月31日 (木)

ワラエレバ的2009年

このブログを始めてから3度目の大晦日。初の日本からの更新です。

年越し蕎麦を食べて、紅白でも見ながら、のんびりと年越しをすることが新鮮で有り難いことのように思う。

昨年も同じように1年を振り返ったとき、その1年は、一言で表すと『動』という文字だったらしい。

自分で書いたのにすっかり忘れていて、今年の1文字も『動』かなぁなんて思っていた。基本的に変化の多い2年だったので。

でも、この2009年は『動』というより、『移』という文字がふさわしいのかもしれない。

プライベートなことでなくても、新型インフルがうつったり(漢字はあてはまらないけれど)、政権が移ったりしたし。

 

まず、単純な体の『移』動として、よく旅ができたと思う。

アメリカ国内で言えば、何度もNYに行った他、DC、念願のニューオリンズへ行くことができた。

カナダへも計4回も行ったし(これは旅ではないだろうけど・・・)、ペルーへの久々の一人旅もできた。

ボストンからカナダに立ち寄ってから日本へ帰国。愛知へ帰ったと思ったらすぐに大阪での3週間の研修。最後の最後まで移動を続けたという感じ。カナダを出て、帰国するときは、もう2度とこんな大荷物で一人で移動はしたくないと思ったほど。

 

そして仕事も新しい業界へ『移』った。

これまで計5年半関わってきた旅行業界から離れて、教育業界での人事という仕事へ。これはまだ研修もあけたばかりで、今後どうなっていくのか分からない。不安だけれど、やっていくしかない。

 

気持ちの『移』り変わりも多くあった。

別れの多い年だったように思う。

その中にはどうしようもないような永遠の別れがあったり、

体の移動にあわせて、物理的に離れることがあったり、

ただ心が離れてしまったための別れもあった。

随分傷ついたり、傷つけたりの別れがいくつか。

でもこれとは比例して、同時に別れた分だけの出会いもあった。

新しい職場であったり。

旅先であったり。

そして再会も多くあって。

私達はこれからもずっと、取捨選択をされていくだろうし、していかなければいけない。

これは残酷なようでもあるし、自然なことでもある。だから仕方ないし、だからこそ選ばれたことに、選んだことに、徹底的な責任を持たなければいけないんだろうな。

 

そして最後に、20代から30代へ『移』り変わった年だった。

仲間に囲まれて過ごした30歳の誕生日はずっと忘れることができない素敵な思い出。

もう2度とあの20代に戻ることはできないかと思うと少し寂しいけれど、それ以上にこれからの30代への楽しみがある。でこぼこな20代を過ごしたからこそできる30代の楽しみ方があってもいいんじゃないだろうか。

 

「1年の終わりにその年を振り返ってみて、嬉し涙も、悔し涙も出なかったら、それは、その1年を無駄にしたことになる。(by Ally McBeal)」

どちらの涙も今この大晦日では今更出ない。ただ、それほどの悲しさや悔しさや嬉しさは何度かあって、そのつど泣けるほど感じてこられたと思う。

だから、今年も最後は笑って終わることができます。

あいかわらずたくさんの人達にお世話になった年でした。

ありがとう。

そして、よいお年を。

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2009年12月29日 (火)

大掃除には、なぜあんなに捨てるものが出てくるのだろう。

ここ2週間外食が続いている。

毎年この時期は仕方がないと自分に言い訳をするものの、下腹部から腿にかけて主張しているポニョの存在を無視することができなくなってきている。

今日は久しぶりに1日中家にいることができたため、大掃除に集中。やっぱりワックスをかけた後の部屋は気持ちいい。運動不足のため、腿の筋肉がだるい。年明けから体力づくりしないとなぁ。

 

先週、『こころ』を読み終えた。

高校時代に1度読んだことがあったのだけれど、たまたま本棚にあるのが目に入って久しぶりに手に取ったのだ。

こんなに1冊の本をじっくり読み進めたのは久しぶりだったように思う。

読み終えて思ったのは、学生時代の私は、今の私よりも「先生」に共感できていたようだったということ。

例えば、中学時代、好きな人とすれ違うだけでうれしくて、それ以上を望むこともなければ、望むことが悪いような気さえしていた。伝わらなくてもよかったのだ。

親友に対して、共感や尊敬を感じると同時に、嫉妬や劣等感を持ってもいた。

恋愛と友情の狭間でゆれた「先生」は、結局恋愛を取ったものの、親友Kの自殺によって、自分の生涯を自分で閉じてしまうまでの間ずっと、絶望や自己不信を持ち続けて生活することになる。

「先生」は絶対に美しい人ではないのに、その人間のずるさとか曖昧さに対して圧倒的に共感をしている自分に気づくという感じ。

ただ、今回読んでいる間じゅう、ずっと感じていたことは、

これでは、「先生」も「K」も「お嬢さん」も誰も幸せになっていないということ。

「K」の告白の時、「先生」が一言、自分もお嬢さんのことを好きだとなぜ言えなかったのか。

そこにはもちろん私が高校時代に抱いた共感という部分で今も分かるところが多くあるけれど、それよりももっと単純に、「言えばよかったのに」という平凡な感情を抱いた。

それでもやっぱり文章は徹底的に美しくて透明だなぁと思った。ひとつとても響いたところがあったので残しておきます。

「私は冷やかな頭で新しいことを口にするよりも、熱した舌で平凡な説を述べるほうが生きていると信じています。血の力で体が動くからです。言葉が空気に波動を伝えるばかりでなく、もっと強い物にもっと強く働きかけることができるからです。」

気持ちの入り具合で、後から思い返すと平凡な言葉でも、信じられないほど揺さぶられることがある。それはきっとこのことを言うんだろう。

自分が歳を重ねるごとに、全く同じ作品でも少し違った感じ方をしたり、印象に残る部分が異なったりするからおもしろいと思う。

これまでは1度読んだ本を読み返すことはほとんどなかったし、内容を忘れてしまうこともしばしば(これには自分でうんざりする)あった。

来年は、新しい本も読みたいけれど、それよりも昔読んだ本を再度読み返してみようかと思ったりしている。

 

なんだかんだで今年もあと3日。

なぜか、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』を3作とも観返してみたくて仕方がない。

久しぶりにDVDでも借りてこようかなぁ。

過去へ戻るではなく、未来へ戻るってどういう意味だろう?

おもしろいタイトル。

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2009年12月18日 (金)

師走、やっぱりこの時期がとても好き。

無事大阪での武者修行を終えて戻ってきました。

関西弁短期留学といった感じ。

トレーナーの方々からの講義やら、他の研修生達とのロールプレイで精神的にも肉体的にも日に日に疲労感が雪だるま方式で溜まっていったものの、久々に、ある意味青春とも呼べる3週間。

下は23歳から、上は39歳まで年齢はばらばら、これまでの経験やバックグラウンドも様々な人達11人が一緒にトレーニングを受けた。

アメリカの大学を卒業、インターンシップを終えたばかりの子や、15年間のフライトアテンダント経験を持つ姉さん、元日本語教師、保険会社の元営業、私と同じような旅行業界出身者、、、など。

新卒の時も数日間だけ東京本社でマナー研修のようなものを受けたけど、こうした長期に渡って、そしてすでにいろんな経験をしてきている人達との研修は、もっと人それぞれ個性に厚みや幅があって、楽しいし刺激し合えたように思う。

毎日の休憩時間には、男性一人をさしおいて(彼は私の唯一の名古屋での同期になる、かなりおもしろいおっさんである)完全な女子トーク。熟女版女子高のようで、内容はここではとても書けない。

それでも最後の別れは、みんなで「また会おうね!頑張ろうねー!」と言って別れる。

毎日異なるトレーナーが講義を行うのだけれど、一貫して言われるのは、「相手の話を聞くこと」、「相手に興味を持つこと」。

これは接客や、営業をするという仕事だけに関わらず、日々の生活でも求められることだと思う。

私達はやっぱり自分の話をしたくて、そして聞いてもらいたい。自分に興味を持って欲しいし、褒めてもらいたい、共感をしてもらいたいのだ。だからなかなか相手の話を聞くことができていないのかも。聞いているようで、実は次に自分が話すことを考えていたりする。

このくらいの歳になると(いや、もっと歳を重ねていくにつれて)、なかなか冷静に直したらいいところを注意されたり、逆に褒められたりすることも少なくなっていくように思う。それはちょっと寂しい。

そういえば、この研修中も含めてここ数年、声を褒められることが多い。昔はこの通らない声が好きじゃなかったのに。年齢とともに好まれる声色も変わるんだろうか。嬉しいことです。

 

あと、当然のようだけど研修中に改めて感じていたこと。

自分を納得(説得)させられていない人は、相手を納得(説得)させることなんで絶対できない。

自分が考えてること、伝えたいことを整理して分かって、納得していない限り、それを相手に伝えて分かってもらうことなんて到底無理なんだなぁと。

結構私達は、自分自身あいまいなままで、それを相手に理解して欲しいって思っている気がする。私は往々にしてそうだったりする・・・。話してる最中に、結局私って何を伝えたかったんだっけ?みたいな。それは相手も困惑するだろうなぁ。

 

というわけで、大阪での3週間もなんだかんだ言いつつ過ぎたわけです。

そして名古屋でも再び来週まで続く研修。こうして今年も暮れていく。

3年ぶりに日本で過ごす年末年始がうれしくてたまらない。

特別何かをしたいというわけじゃなくて、ただ日本の年末年始にどっぷり浸かりたい。好きな人達と一緒に過ごせたらいいなぁ。

勝手な私は、やっぱりそんな人達に話を聞いてほしいと思う。そしてたくさん聞かせてほしい。1年間頑張った自分達をお互い褒め合いましょう。

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