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2009年9月30日 (水)

一期一会。

昨日でボストンでの勤務が終了しました。

そして今日は住み慣れたこの部屋を引き払う。

明日から晴れて職なしホームレスとなります。

といっても荷物は友人の家に預かってもらい、10月はあちこちを旅しているのだけれど。

 

昨晩開いてもらった送別会の帰り、このボストンへ来てよかったなぁと自然に思えた。

1年半トロントへ滞在した後、ボストンへ来るときは不安も大きく、自分の決断に自信が持てなかった。海外にさらに滞在することが私のこれからの人生に何か意味があるのか、不安定な暮らしに疲れを感じてもいた。

でも来てよかったと思う。日本に帰るかアメリカに1年滞在するか迷ったとき、ここへ来ることを選択してよかったと思う。

人との出会いが全てだと思う。私は特に社交的でもないし人見知りもするので、たいして多くの知り合いはできなかったけど、それでも忘れられない人たちと出会うことができた。

そのうちの一人がボストンを去るため、先週末に空港まで見送りに行った。

出会いがある分、もちろん別れることもある。その人達との思い出が深ければ深いほど、別れの瞬間には胸がつまってどうしようかと思う。

セキュリティーを抜けていく後姿を見ながら、寂しさだとか、会えたうれしさだとか、これまでの思い出だとか、そんなものが入り交ざって涙が自然に溢れてしまう。

その日の午後、友人のタカオさん(といっても還暦を迎えた方だけど・・・)がジュエリーショップにてフルートを演奏するということで聴きにいった。

彼の吹くフルートの柔らかい音色、隣では相棒のグレッグの控えめで繊細なクラシックギターの音色。外は朝からずっと静かな雨が降り続いている。

サティのGymnopediesの演奏が始まり、その場の空気が温かくしっとりしていた。私はうれしさと、寂しさと、幸せさと、満足さと、やっぱり寂しさで流れてきてしまう涙を止めることができなかった。今の私の気持ちに響く音に瞬時に囲まれてしまったようで軽く困惑してしまうほどだった。

タカオさんは、私の顔を見て、うれしそうに笑っていただけだった。幸せそうだね、という他のお客さんからの声に、「音楽にふれていられればそれだけで幸せだよー。」なんて答えていた。とてもシンプルな答え。

ボストンでの生活はあと数日だ。楽しいことばかりではなかったけど、終わりを迎えようとしている今、素直に来てよかったと答えられる。また素敵な人達と出会えたから。

 

明後日からペルーを旅してきます。

久々の一人旅、多少緊張はするものの、初南米大陸に足を踏み入れてきます。

女なら、1度は南米を旅しようぜ、と思う。・・・男なら、かな?

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2009年9月18日 (金)

ワンダフル・ワールド

この数週間は旅行や外食が続いていた。

このままでいくといつか痛風になる気がして不安になったため、やっとこの2,3日は納豆生活へもどりつつある。おかげでいっきにいくつかできてしまった口内炎も治まってきた。

同僚とニューオーリンズへ行ってきた。

今後アメリカへ旅することを考えている人たちには是非行ってもらいたい場所だ。

日本並みの湿気と暑さのなか、人々はゆるゆるといい感じでだらけ、ひとなつっこい。

食べ物がとにかくおいしい。私はガンボというスープにはまってしまい、2泊3日の旅の間に4皿食べた。はまるとそればかりになってしまう悪い癖が出た結果。

街には音楽が溢れている。ジャズだけでなく、ブルース、ロック、ハウスなどあらゆる場所から流れてくる。

ただ気になったのは、、この週末がゲイフェスティバルだったということ。

どうりでボストンと同じような光景が見られたわけだ。空港からのシャトルバンの中で同僚と、まさかね、と話していたことがあたった。

どうやら私はこの種の人たちからカナダ生活以来離れられないらしい。

通常はジャズで溢れるバーボンストリートがゲイ達の好きなテクノやハウスでほぼ占められ、レインボーの旗があちこちで翻っている。彼らの広まりはもうどうにも止められないようだ。

それでも老舗のジャズバーでの生演奏を聞けただけでここへ来た甲斐があったと思う。

もうゆうに60歳は超えただろうと思われるおじいちゃんたちが演奏をする。呼吸をするほど自然にトランペットやベースやクラリネット、ピアノの音を奏でる。

観客の中には感極まって泣いている人もいた。彼らの奏でるWhat a wonderful worldは、さすがに本場の間があって、聞いているだけで自然と笑みがこぼれて、ここにいられる自分が幸せだと思えて仕方がなくなってしまう。

 

そして先週は日本から親友が会いに来てくれた。

彼女は2年前にもトロントへ遊びに来てくれ、そして今回はボストンへ来てくれたという、ある意味唯一とも言える私の追っかけである。・・・いや、私を利用して海外を楽しもうとしている逞しい女性だ。

彼女とは、ボストンとニューヨークをよく歩き回った。

ニューヨークへ行くのは、きっと私にとっても最後になるかもしれない。

エネルギーに溢れた街だ。住むことは躊躇するけれど、パワーをもらうために近くにあると良い場所かもしれない。

良く食べ、良く歩き、良く話した1週間だった。

ボストンでの最終日、ボストンコモン(ボストン中心にある広大な公園)の丘の上から、美しい夕焼けが見えた。

うろこ雲が夕焼けにそまり、太陽とともに、地平線へ雲が流れ込んでいくような景色だった。

丘に腰をおろして感嘆語だけになりながら、2人で日が完全に沈むまで眺めた。

私は、日本へ帰っても、こんなに素晴らしい夕日を眺めることができるのかなぁなんて思った。それは物理的なものではなくて、感情的な部分で。こんな状況がまた来るのか、不安に思うのと、ただただひたすら目の前の美しい夕日を見続けたい気持ちが入り交ざった。

ただの美しい夕焼けを見たといえばそれまでだけど、それを親友といちいち感動して共有しあうということ自体が幸せだ。

 

そして、今夜。

以前私から航空券を購入してくれた夫婦が、自宅に招待してくれて、夕食をごちそうになった。

彼らは今年還暦を迎えた夫婦だ。

だんなさんはフルート演奏家と同時に大学寮の管理人でもある。奥さんはカフェのキッチンで働くと同時にドッグシッターでもある。

30年以上も前に日本から夫婦一緒にボストンへ移りすんだとのこと。

ベリーショートのよく似合う笑顔の素敵な奥さんの作る料理はどれもこれもおいしい。それをいちいちだんなさんが褒めているから偉いと思う。

利根川の土手でだんなさんがフルートを吹いているのを奥さんがよく聴きに行っていたのが出会いらしい。なんてかわいらしい。

随分いろいろ話して、私は油断して遠慮もせず長居してしまった。

「私達は何かに迷ったら、なるべくいつだって難しいと思う方を選んできたのよ。だってそのほうがやりがいがあるよね。何も分からずこっちへ来たから生活するだけで精一杯だったけど、そうやって時間が自然と過ぎて今があるのよね」と言った。そう話す笑顔もまたかわいらしい。

世の中には随分いろんな人がいる。

私が出会ってきた人達はほんの一握りだけど、だから余計に、出会うことができた人たちの言動にいちいちうなづいたり、感動したり、影響されたりしたい。

会わなければよかったなんて人はいない。

出会えてよかった。

ボストンでの生活も2週間を切った。

正直、北米生活がなんて名残惜しいんだろうと思う。でも、難しいと思う方へ私も進もうか。それは敢えて母国へ帰ることだったりする。

 

I see trees of green, red roses too

I see them bloom, for me and you

And I think to myself, what a wonderful world

I see skies of blue, and clouds of white

The bright blessed day, the dark sacred night

And I think to myself, what a wonderful world

The colors of the rainbow, so pretty in the sky

Are also on the faces, of people going by,

I see friends shaking hands, sayin; "how do you do?"

They're really sayin; "I love you"

I hear babies cryin', I watch them grow

They'll learn much more, than I'll ever know

And I think to myself, what a wonderful world

~WHAT A WONDERFUL WORLD by Louis Armstrong~

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