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2008年6月25日 (水)

トロントに夏がやって来た。

日本は梅雨の中、みなさんはいかが過ごされているのでしょうか。

先週金曜に久々にホームパーティーをしたら、真っ先につぶれて眠ってしまい、記憶喪失となりました、私です。

5,6人のパーティーと予想してたら、結局友達が友達を呼び、10人のパーティーに・・・。

しかも調子にのって食事は自分で準備すると言ってしまったばかりに、料理だけで既に疲れて、パーティーが始まった3時間後にはつぶれる始末。

家で飲むと気が緩むのか、酔っ払ってしまうんですよね・・。

この間(半年前くらい?)つぶれたのも家だったし。

朝起きたら、とても綺麗に片付けられた部屋を見て、ぼんやりしてしまった。

酒は怖い、ほんと。でも学習能力がないんです。

はい、でもとりあえずまた反省。

  

・・・さて、トロントには6月の終わりに夏がやってきます。

梅雨のないトロントでは、梅雨のかわりに、夏前になると、1、2週間くらいの間、快晴、そして土砂降り(スコールみたいな感じ)を繰り返すおかしな天気になります。この時期、傘はかかせないとのこと。

そして、そのおかしな天気が終われば、トロントニアンが待ち続けていた夏が来るのです。

その夏の始まりを示すイベントが、トロントジャズフェスティバル、そしてゲイパレードです。

なにもなく一人で過ごす毎週月曜。

この月曜は先週末から開始したジャズフェスティバルのメイン会場である市庁舎前へ。

トロント中の50箇所以上のコンサートホールや、バーや、クラブや、ビーチに会場が設置されて、昼間から夜中までジャズを楽しむ週間。

昼間何もやることがなく、ぶらぶら市庁舎へ。

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夏になると街中に走るアイスクリームカー。

ひとりソフトクリームを食べながら歩く。

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市庁舎前では私と同じように、アイスクリームやホットドッグをほおばりながら日光浴をして音楽に耳を傾ける人たちが大勢いる。

子供達もかわいい。

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ジャズといってもみんなとてもカジュアル。

気持ちよく演奏するおじさんたちの音楽を聴きながら、こちらも自然に体が揺れる。

ダンスをはじめる人たちもちらほら。

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ジャズフェスティバルは今週末まで。

機会があれば、ジャズバーにも行きたいなぁ。

 

というジャズずくしのトロントにいて、最近なぜか頭から離れない曲がDragon ashのLife goes onだったりする。

懐かしくて、とてもお気に入りな曲の一つ。

歌詞もいいけど、ハッピーでなんだか暖かいリズムがいい。

 

No one's gonna stop my flow, yeah

The Lilies are still in full bloom, you know?

No one's gonna rule out your way

So many case, Da life goes on...

Many minds, so many lives all the time make me so crazy

Evety time go every line for the mind Let me go faith way

No one's gonna stop beats and flow

Just a one little thing, each one of us , one another

Life goes on...

If we can't see million of stars...

If we can't erase the any scars...

Just a one little thing, each one of us, one another

Life goes on!

 

この週末には、あわせてゲイフェスティバルも行われる。

トロントの短い夏がまた始まる。

音楽を聴きながら揺られていると、なんだか少しせつなくなった。

心地よいせつなさ。

思うことはいろいろあるけど、

素敵な夏にしたい。

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2008年6月17日 (火)

マグロと私。

月曜午前。

部屋で一人ブログ書いています。

月~水曜のランチは例のなんちゃっての方の日本食レストランで働いていたのですが、

2週間目にして

 

辞めました。

 

オーナーのシフトの入れ方の杜撰さと、キッチンの衛生管理の適当さと、ウェイトレス達への待遇の悪さに、、、切れました、私。

「こんないいかげんなところで働けません」と言って、

辞めました。

・・・おかげでまた昼間暇なんですけど。お金必要なんですけど・・。

でも、、すっきりした!! 

 

生粋の寿司屋のヒロ寿司でのバイトはしっかり続けられそうです。

厳しいけど、理不尽な注意のされ方とかされないし。

オーナーの親父さんも、自分が日本で下積みからずっとやってきた人だから

それだけ自分にも周りの人たちにも厳しいんだって納得できるから。

先週はマリナーズの選手が大勢来ました。

イチローや城島選手が来店していた日は、私はオフだったので会えなかったけれど、そのほかのガイジン選手(いずれも10億円プレイヤーばかりだけど誰が誰かよくわからない・・)には接客をして、、よく食べる食べる、でかいでかい。

そしてシカゴへ行った福留選手も来ました(私はまたしてもオフの日・・・)。

お母さん、福留大好きなのになぁ・・・。会わせてあげたかった。

 

ヒロ寿司でバイトを始めてまだ2週間も経っていないけれど、私はなんだか、あの親父さんが好きです。

というか、間違いなく、あの寿司屋でバイトしている人たちは全員Mだと思う。

それを一人で思って納得して、一人笑いしてしまった。

だって、親父さん、ほんとに口悪すぎるし、こき使いすぎだし。

バイト中は厳しくて、一瞬でもぼけっとできない。

少しでもミスると、「お前はそんなんもできんのか」とか言って怒るし、

相変わらず全て命令形で話すし・・。

でも、ムチ、ムチ、ムチ、ムチ、アメ。くらいの割合で、ときどきアメが来る。

まかないのときには、仕事中の厳しさとはうって変わって

「かおりちゃんは案外仕事早く覚えるし、よく働いてくれるから。アメリカビザやめてうちでずっと働いてくれ。マネージャーにしてやるから。」とか言ってくれる。

そのアメにうれしくなっている私は、結構あの親父さんの作戦にはまってしまっているのかもしれない。

奥さんのことを、照れもせずに

「あんないい女はなかなかいねぇよな・・・・友達だったらもっとよかったけどな。」とか言うのも、笑えるけど素敵だ。

カウンターに座った常連さんにすすめられた冷酒を飲みすぎてしまい、まかない中に眠ってしまったのも笑えた。

それでもカウンターで、姿勢を正してすすめられたお酒を飲み干す姿は粋だった。

昨年亡くなった一人息子のことを少しだけ話す姿がちょっと寂しそうだった。

キューバ旅行をして買ってきた葉巻(闇ルートで安く購入)を、常連客が来るたびに見せてはすすめている光景がなんだかかわいらしい。

180センチの長身に、角刈りに、細い目で、見た目は間違いなくやくざなんだけど。

「独立して25年になるけど、このトロントで、日本の寿司屋を続けてきたことが正しいのかわからないんだなぁ。でも一筋に何かをやってきた奴は、どんなマイナーな場所にいたって、ずっと残っていくって思うんだよな。」と、ぼやく姿には、少し胸がツーンとした。

とにかく、このトロントで出会うかなり稀な人だと思う。

 

そして、バイトしてるメンバーもおもしろい人たちが多い。

中国人だけど日本での滞在が長いので、日本語、英語もほぼ完璧に話せるトリリンガルの(3ヶ国語が話せる)トロント大学の大学生。私よりも日本語のボキャブラリーが多いのではないかと思うこともしばしば。だけど、ときどき日本語が間違ってて、ガリのことをジャリ(砂利?)って言ってしまったりするところがかわいい。

もと日本語教師の関西人。調子にのって15時間とか自転車をこぎ続けてしまう。お尻の皮がむけたらしい・・・Mだ。

神奈川から来たレゲエDJ。「湘南の風と俺は同じコミューンだから。」とか、「おれの住んでるとこ?かなりごきげんなエリアだよ。」とか言う・・・。よく分からんけど笑える。185センチ、100キロの巨体に坊主頭にピアス、タトゥーで、日蓮宗とかのお坊さんみたいっていつも思う。

まだ10代のトロント大学生。日本人だけど、若いうちにトロントに来たからか、丁寧語が全く話せない・・・、常にタメ口。この間は、「財閥」の漢字が分からないっていって聞いてきた。ていうか、「財閥」っていつ使うんだろうか、不明。

そして辞めてもときどき顔を出しにくる、ゲイの兄さん。言葉遣いがばか丁寧で、物腰が柔らかく、とても女性らしい。素敵な奥さんになるだろうな。

 

また新しく出会えた人たち。

その出会いを大切にしよう。

一緒に過ごす時間がたとえ一瞬だとしても

その一瞬が、かけがえのないものになる可能性があることを知ってるから。

思えば、去年の今頃はゲイタウンの真ん中で働いていたなぁ。

あの時の自分は、今の私の状況を想像していなかった。

6月くらいには帰国するって思っていた。

何が起こって、誰に出会えて、何を起こして、誰と出会うのか。

あのとき、あの人と話してから、この決断ができた。

あのとき、あの場所にいたから、あんなに考えることができた。

あのときのあの決断があったから、今の私があるのかも。

誰にでも、何度か、その人にとっての重要な決断や、チャンスが訪れることがあると思う。

その一瞬が落ちてきた瞬間に、あっ!って受け止めることができるといいなぁ。

ためらってたり、気にとめなかったりしてる間に、そんな一瞬を逃していて、

あとで「あ、あの時がその一瞬だったんだ」って、気づくことも何度かあったりして。

だから、どんなことにもいちいち敏感でいたい。

どんな小さな笑いにも、痛みにも、感動にも。

無駄なことなんて何もないって思いたい。

 

金曜夜のバイト帰りに、トリリンガルの彼に「かおりさんはいつも動いてないとだめな人な気がします」って言われました。

あ、、最近のこのブログのコメントで、マグロは動いてないと死んでしまうって書いてあったなぁ。

 

「マグロ女」

 

・・・なんだか全然かわいくない。

ちなみに俗語のほうじゃないですよ。それでも嫌だけど。

ちなみに私の名前は韓国語で

「エイ」らしい。

「エイ女」

これも全然かわいくない。

 

狂犬相方に「私、マグロみたいだって言われた」って言ったら、

「うん、止まるなよ。でも、明日(月曜)は1日休んでね。だって仕事ないんでしょ?」

辞めさせられたんじゃないんです、辞めたんですよ・・・。

 

あっぷあっぷしながら

泳いでいくしかないらしいです。

 

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2008年6月 4日 (水)

Happiness comes from...

今回のブログは長くなります。

なんだか、書かずにはいられないのだれど、書き始めたら止まらなくなるような気がするので・・・。

 

先週末に月1で取り続けているヨガティーチングクラスがありました。

昨年10月から開始して第9回目。

7月半ばにある試験を除けば最後のクラス。

月1回というものの、その土日は9時~18時までみっちり授業。

毎回、その週が終わると精神的にも体力的にもかなりの疲労感。

2日間ずっと朝から晩まで英語漬けだし、まわりはセラピストや、パーソナルトレーナー、もとダンサーなど、経験のある生徒達が殆どの中、ほぼ私のみが素人でガイジン・・・。

テキストは専門用語ばかりで、完全にI am lostな状態。

各自1回ずつ、他の生徒の前でクラスを行わなければいけないのだけれど、この間の最終週にて、とうとう私がクラスを行う番に。

緊張したけれど、何度もイメージトレーニングしたり、一人で部屋で練習していたおかげでなんとか無事に終了。

英語で、しかも体を動かしながら人に教えるっていうのは本当に難しい。

簡単な単語すら出てこなくなってしまう・・・。

こればかりは慣れていくしかないんだろうなぁ。

 

ヨガティーチングの国際資格をとることは、トロントへ来る際に立てた目標の一つ。

趣味としてやるだけじゃなく、どうせなら資格も取れれば、、なんて軽い気持ちで始めたにも関わらず、このクラスでの経験はきっと生涯忘れられないものになってしまった。

ヨガを習う、教え方を身に着けるといったテクニカルな部分ももちろん勉強になったけれど、

私はこのクラスで出会った約20人の女性達をずっと忘れることはないと思う。

殆どの女性達が30代~40代。

大人で、でもかわいらしく、オープンで、自分らしく生きている人たちばかりだった。

彼女達を1番良く知ることができたのは、毎回クラスのはじめに行うトーキング・サークルを通して。

トーキング・サークルというのは、順番に、この1ヶ月間、自分に起こったことや、考えたこと、感じたこと、みんなと共有したいことを話していくもので、ときにはあまりにもみんなが長く話して2時間近くに及ぶこともあった・・・。

20人の女性達が集まって、ひたすら話をしていくといったらそこまでなんだろうけど、ときには、自分の婚約発表、旦那さんの解雇、自分の転職、、そんなプライベートな話もオープンにされる。

「この1ヶ月、すごく辛かったのよ・・」といって涙を流す女性もいた。

その話を他の生徒達みんなで聞いて、分かち合う。そんなトーキング・サークル。

 

そしてこの間の日曜日。

全ての授業が終わり、最後に再びトーキング・サークル。

順番に話をしていって、先生のスージーと抱き合う、そんな流れ。

もう私は泣き泣きです。

他の生徒が話し始めて泣くと、私もつられて泣き・・。

自分が話す時なんて、鼻水かみながら、ぐずぐずで話したし。

でも、

「私にとって、このクラスをとることはとてつもなく大きな挑戦で、分からないことだらけで辛かったけれど、それでもここまで続けてこられたのは、こんな素敵な人たちが周りにいたから。ヨガを習ったっていうことだけじゃなくて、個々の違いを共有しあって、尊重しあうことを知れてよかった。」って、よれよれになりながらも言えました。

そしたら、ほかの生徒から、

「かおりはすごく勇敢だよ!」

と、言われました。

彼女は何気なく言ったのかもしれないけれど、その言葉にどれだけ自信を貰えたか。

思えば、あんなに大勢の前で、素直に泣いて、感動して、自分の思いを言葉に出来たことって最近なかったんじゃないかな。

年をとるにつれて、子供のときみたいに素直に自分の気持ちや感情を出せなくなっていた。

それは当然なことかもしれないし、それが大人になっていくことなのかもしれない。

でも、少なくとも、私が出会った女性達は、とても大人で、それでいて子供のように素直に感情を表現できる人たちだった。

「旦那が解雇されて、大変な日々だったけれど、新しいことに挑戦したいと言っていた彼にとっては逆にこれはチャンスなのかもしれない」といって泣き笑いをしたクリスティーナ。

「毎日、子供の世話やら、仕事やら、掃除やらなんやらでくたくたの日々だけれど、このクラスへ来ることが私の生活の中ですごく癒しの瞬間なの」と笑顔で話すシングルマザーのトレイシー。

「40も後半になって、やっとこの私の豊満で肉付きのいい体を好きになったのよ。だから出かけるときはタイトなスカートを履いて私のむっちりした足を思い切り出して歩くの!」と言ってみんなを笑わせるカレン。

「パーソナルトレイナーとして毎日ひたすら働き続けて前が見えなくなって、とりあえず全ての仕事を辞めた。それはそれで不安で仕方がなかったけど、このティーチングコースを取ったことでまた前が見えそう。ここで出会えたみんなにすごく感謝してる。今はこれから自分のやることが楽しみで仕方がない!」と、これまた号泣しながら話したリア。

みんな40代女性です。

なんだか、そんな彼女達がとても可愛らしく思えた。

 

最後にスージーの話。

彼女はタフで、でも笑顔が優しく、「与える」という言葉がすんなり当てはまるような女性。

「Happiness comes from relationships...」

彼女は言った。

きれいごとじゃない、私も共感できた。

幸せを感じる瞬間というのは、人それぞれだと思う。

でも、どんな時にだって、そこには「つながり」だったり、「共感」だったり、そういった『関係』がいつも存在しているんじゃないかな。

それは人であったり、時間だったり、景色だったり、音楽だったりするのかもしれないけれど。

 

私が幸せを感じる瞬間。

 

大晦日に家族とリビングでどうでもいい話をしながら時間を過ごして、除夜の鐘を聞く瞬間。

親友とお気に入りのスペイン料理屋さんで安いワインをひたすら飲んで、笑って、ちどり足で駅に向かう瞬間。

日曜の昼前にブランチをして、相方とおいしいコーヒーを飲みながら、目が合ってなんとなくお互い微笑む瞬間。

クッキーを焼こうと材料をボールに全ていれて、さて!と両手を生地の中に入れた瞬間。

近所の公園、遊歩道を一人ぶらぶら歩いてほどよく疲れたなぁなんて感じる瞬間。

旅先で目にした何百年もの昔の遺跡を見て、なんだか圧倒されて涙が溢れそうになる瞬間。

海辺でみんなとバーベキューをしてたら、だんだん暗くなってきて、最終的には肉が半生なのか焦げてるのか分からなくなって、それでも「食べてしまえ!」なんて勢いに笑う瞬間。

なんだかこんな瞬間はきっと何度もあるのだれど、その中の一つだってお金では買えない。

誰かと、何かと、私が繋がってる!って感じる瞬間だと思う。

お金か愛か?なんてへんてこな比較をしようとする人がいるけれど、そんな質問をされると私はとても戸惑ってしまう。

それはとても比べられない、だってわたしは先進国に生まれ育った身ですから。

こんなブログを書いている今にだって今日食べるものがなくて、飢餓で死んでいっている子供達もいる。

そんな子供達を前にして、お金より愛でしょう!なんて口が避けてもいえない。

だけど、屋根のある家があって、着る服があって、食べるものにも困っていない、そんな恵まれた私にとって、

お金が幸せにしてくれる程度には限度があるように思える。

今度はもっと大きい家に住んで、お洒落な洋服を着て、かっこいい車に乗って、、、切りがないんじゃないかな。

もちろんそれが悪いことでは全くなくて、私もお金で幸せを感じることだってある。

ボランティアばかりをして過ごす気なんてない。

ただ、なんとなく、スージーの言ってることに共感できたっていうこと、それだけ。

ヨガを学ぶことは、もちろん健康のためだったり、ストレスの発散のためだったりもするけれど、自分自身をよく見つめて、いろんな自分をまるごと受け止めて好きになることな気がする。

自分のことを、ほんとに嫌な奴だなぁと思うこともしばしばだけれど、30代になったって、40代になったって、いくつになったって、悩んだり、不安で泣き出しそうになったり、自分が嫌になったり、それでもやっぱり前へ進んでいこうとしてる、強いのか弱いのか分からない彼女達を見ていて、

なんだか私は元気が出た。

でこぼこ生きていくのには終わりがない。

でもそんな彼女達が好きになった。

私もあんな女性でいたい。

 

とりあえず現実に戻ると、7月半ばの試験を受かるしかない。

毎日少しずつテキストを読みます、、地味にね。

でも地味な中にだって、幸せを感じる瞬間はいっぱいあるはず。

そこに、『関係』は必ず存在するから。

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