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2007年10月23日 (火)

癖。

私には、苦手だな、とか、感じ悪いな、とか思う人を発見すると、

いつも、あえて、「どこが苦手なんだろうか」と観察してしまう癖がある。

 

「あの人臭うよね」と周りが囁いているにも関わらず、あえて自分から嗅ぎに行って

「あ、ほんとだ、臭い」と確認してしまうように。やめとけばいいのに。

「ダンサー・イン・ザ・ダーク見ると死にたくなるよ、見なくていいかも」という友人の助言にも関わらず、あえてやっぱり自分で映画館まで観に行って

「あ、ほんとに死にたくなる・・見なきゃよかった」と実感してしまったように(この映画好きな人、すみません)。

 

苦手な人だな、と、なんとなく感じたのなら近づかなければいいのに、

その苦手な理由が分かるまで、あえて近づいて話をしてみたりする。

そしてその理由が分かったら、しっかりと記憶してからその場を去る。

この先、『苦手なタイプを挙げてみよう大会』があったら、優勝できるように。

 

最近、友人と話している間に、なんか嫌な気分になった。

それでも「なんでかな~」と思いつつ話し続けてみた。

途中で黙ればよかったのに、ここでもつい癖がでて、深夜まで話続けた。

原因がわかった。

・・・ネガティブになるのだ。

彼女の私の話に対する受け答えは殆ど否定的だった。

私も、常に明るくてポジティブなタイプではないし、気分の浮き沈みも激しい。

でも話し相手の相談や、悩みには、”なるべく”前向きに答えたいとは思っている。

だって肯定されたりほめられたりするほうが誰でも気持ちいいでしょう?

だから、友人の受け答えのネガティブさに私は巻き込まれ、そのネガティブさを翌日まで引きずってしまった・・・。

 

ネガティブな人はきっとネガティブになるのが好きなんだ。

だって後ろ向きになるのも前向きになれるのも自分次第。

退屈、退屈と言う人は、きっと退屈が好きなんだ。

そういう人に限ってその人自身が退屈な人だったりする。

悪口ばかり言っている人は、きっと悪口が好きで仕方がない。

人をほめる余裕が自分に無いんだ。

周りの流れに巻き込まれる人は、巻き込まれることに安心するんだ、きっと。

私はネガティブさの波に巻き込まれてしまった・・・。そんな感じ。

 

そして、もう一つ気づいた。

・・・私が疲れていたんです。

というか疲れているのです。忙しいのです。彼女のネガティブさを、頑張ってポジティブに変えてあげられるような心の余裕がなかったのです。彼女もきっと疲れていただけなのに。

私はただ自分の話を素直に前向きに受け止めてくれる話し相手が欲しかっただけだったのです・・基本わがままなんです。

なぜ忙しいのか??

バイト、勉強、学校、家事洗濯、そしていくつかの迷い、いくつかの決断、、そんな感じです。

あれ?たいしたことないか?

 

「姉さん、前に進んでますか?」

「そちらで(カナダ)やりたいことみつかった?みつかりそう?」

・・・なかなか鋭い質問が日本から飛んできました。

トロントへ来て7ヶ月が経ちました。

答えは、

「前へ進んでるのかはよくわかりません。今やりたいこと、やっていることが本当にやりたいことだったのかもわかりません。ただ、こっちに来たことを多分後悔はしていません。自分が落ち着いてしまいたくなかったのです。」と、そんな感じのいい訳じみたものです。

『人からは後退しているように見られても、自分で前進していると思えればOKですよね』

そう言ってくれた兄さん、ありがとう。

うん、多少は前進していると思います。多分「3歩進んで2.5歩さがる」くらいのペースです。

少なくとも、なかなかに疲れるけど楽しい毎日です。  

 

・・・以上、なんか長々とした独り言。 

『苦手なタイプをあげてみよう大会』で優勝できる私、

そんな私もたいがい感じ悪いな、と今気づきました。

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2007年10月11日 (木)

ラマダン体験中。

「ラマダン(ramadan)」を知っていますか?

 

イスラム教徒にとって、「断食月」という神聖な月(イスラム暦の9月)のことで、ラマダンにあたるその約1ヶ月間は夜明けから日没まで断食・禁欲をしなければいけないのです。

ラビはイスラム教徒なため、私がバイトの休みをもらってNYやらカナダ東部やらに旅行にでかけてる間にラマダン月に入り、断食を開始していました。

私は、持ち前の、単なる

『好奇心』

というものだけで、途中からですが参加することにしたのです。

といっても、本当のイスラム教徒の人たちは、断食といったら、水を飲むことも、唾を飲みこむことすらも禁じられてるのですが、さすがに私は無理ということで、水だけはいつでも飲めるという私独自ルール。

そして、週末は他の友人との予定も入ったりするので、断食解禁という私独自ルール。

こんなにゆるくしたら断食でもなんでもないのですが。。

とりあえず、私なりのゆるゆるラマダンをして3週間目です。この金曜で終了なのです。

朝食を抜くことはたいしたことではないのだけれど、午後3時ころになると空腹のピーク。

5時半くらいになるとイライラのピーク、そして軽く眩暈・・。

7時くらいになっていっきに食べる・・・。

という、始めてみてから知った、体に間違いなく悪いのではないか、という法則。

日本でもプチ断食という健康法(またはダイエット?)が流行っていたと思いますが、プチどころではないし、健康の目的があってするものではない・・。

ただ、普通に日が沈んでいる間にたくさん食べておいて、日中我慢する・・・という感じ。

間違いなく多少体重が増えた気がします。。

自分でも途中からなぜ断食しているのか分からなくなったけれど、いまさら止めるとも言えず、なんとか続けてきました。

 

ラビに、

「なんで断食するの?」って聞いたら、

「コーランに書いてあるから」という答え。

私はてっきり、貧しい人々の立場を知るため。。とかいう返事がくると思っていたのでちょっと拍子抜けしてしまいました。

でも、これがきっと敬虔な信者の回答なのかもしれない。

なんの理由もない、ただ信じる神の命令に従う、ということ。

断食は、イスラム教で5行(日々の礼拝、メッカ巡礼、貧しい人への喜捨、信仰告白、断食)とよばれる信者の義務の一つです。

イスラム教徒でない私からみれば、断食といったって誰もみてないところで食べればばれない、と思ってしまうのですが、

信者からしてみれば、「神が見ている」のでしょうね。

 

ラマダンを始めて、以前カナダにいた際に仲良くなった友人を思い出しました。

厳格なイスラム教徒である友人が故郷のモロッコに帰ったということで、その友人を訪ねて、40日間ほどモロッコを旅したのは今から約6年前のこと。

ちょうど9.11テロが起きた年で、私はなんの知識もなく、ただ漠然とイスラムの国へ行くことに少し不安を感じていました。

それでも、持ち前の、単なる

『好奇心』

というものだけで、勢いで航空券を購入。

私の中にある、何か固定観念みたいなものが取り払われてしまうのではないかというような少しの怖さと期待を感じつつ出発。

 

日本の都会なみにモダンな街から、村にテレビがある家がやっとでてきたという田舎まで。

サハラ砂漠の入り口から、いくつものオアシスを越えて、海岸のリゾート地まで。

迷路のように入り組み混沌とした市街から、なつめやしの木が静かに並び立つ郊外まで。

友人の兄弟、家族、知り合いの家にお世話になりながらのモロッコ一周。

何かを信じて(ここでは神)、そのために自分の行為を決定したり、制限したり、あるいは逆に促進することは私にはないことなので、この旅の最中に出会った人々に対して、さまざまな戸惑いや、驚きや、そして感動がありました。

実際に彼らの生活を目の当たりにしてみることで、イスラム教徒に関する無知な偏見はなくなったといえるのかもしれない。

あの時、好奇心でもなんでも、身軽に飛行機に飛び乗ってよかったなぁと思う。

 

宗教の違いっていうのは、それが原因で戦争にもなるくらい大きな問題だと思うけれど、

小さく個人的付き合いで考えれば、

どの宗教を信仰するか、神を信じるか信じないか。というのも

一つの個性かもしれない。

厳格なヒンドゥー教徒であるインド人女性と一緒に住んでいたときも、宗教の違いを超えて、彼女の考え方や生き方に憧れていたし。

ま、そんな簡単なことじゃないから、国単位では宗教問題が世界的テーマにもなっているのでしょうけど。 

 

ラマダン。

もうすぐ終わりです。ラビと一緒に毎日ひたすら日にちを数えてる。全く敬虔ではない人たち・・。

イスラム国ではラマダンが終了すると同時に連休になり、3日間ほどひたすらパーティーをして食べ物に感謝しつつ食べ続けるらしい。

 

こんなこと言ったら怒られるかもしれないけど、

・・・やっぱり間違いなく体に悪いであろう行事です。

これこそラマダン終了したらプチ断食したほうがいいかもしれません。

誰かやり方教えてください。

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2007年10月 2日 (火)

"NUIT BLANCHE"

10月突入ですね、、なんて時が経つのは早いんだろ、、、ドキドキしてきました。

トロントでは最近はずっと素晴らしい秋晴れが続いています。

1年の中でも1番過ごしやすい時期だと思います。

真っ青な空に、紅葉し始めた木々が映えていて美しくて、

そんな景色を見ながら、バイト先まで、ぐんぐんチャリをこいでいます。

 

 

さ、秋です。

ここ最近の私、秋といえば、、、

『食欲』は秋だけに限らず年中旺盛だし、

『スポーツ』は、、まぁ、あんまりしません・・・。散歩、ヨガくらいでしょうか。初老です。

『読書』は、「国盗り物語」が面白くて完全にはまってしまい、この間は夢に斉藤道三が出てきたくらいでしょうか(自分がお万阿だった、ありえないけど・・・)。

 

・・・そうです、やっぱり『芸術』の秋です。

トロントでは9月29日に"NUIT BLANCHE"というモダンアートのフェスティバルが開催されました。

http://scotiabanknuitblanche.com/home.html

これはフランス語ですが、英語ではWHITE NIGHT(白夜、眠れない夜)という意味です。

日没から日の出まで一夜を通して行われるアートイベントで、トロントのさまざまな場所で音や光や彫刻のコラボレーションや、パフォーマンスが行われたり、多くのギャラリーにて特別展が開催されるのです。

私は友人ヴァネッサとともに、このイベントを満喫しました。ほぼ日の出まで!

5月頃ヨガスタジオで出会ってから仲良くなり、いまではトロントでの親友といえる彼女は、このイベントでImprovisation(即興) Danceをするとのことだったので、彼女のパフォーマンスも見てきました。

音楽もさまざまな楽器を使った即興のもので、その音楽の中から自分の感じるままに踊るのです。

かっこよかった、、、の一言です。普段とはまた違う一面を見た感じ。

形にとらわれず、自分の体を目一杯使って感情を表現することができる彼女をうらやましくも思いました。

彼女は芸術をこよなく愛する女性で、自らもダンスを趣味とするほか、仕事として美術学生に対して絵画モデルをしています(本業は学生なのだけれど)。

やはり彼女にとって

"NO ART, NO LIFE"

とのこと。

たしかにそれは私自身にも言えること。

アートなしの生活・・・。

うーん、、生きてはいけるかもしれないけど、、なんて退屈なんだろう。

絵画、写真、ミュージカル、オペラ、ダンス、詩、建築、映画、、

どこまでがアートでどこからが違うのかはわからないけど、こういったものを楽しめない生活は、やっぱり少し寂しいと思う。

お金がなくたって、少しの時間をみつければいつでも触れられるもの。

結局は自分を表現する一つの手段。

そんな身近に感じられるものがアートであってほしいな、とも思うし。

 

芸術の秋。

今週はヴァネッサの知人のアートショーへ行ってきます。

近々、誰でも参加できるアートクラスでデッサン体験もしてくるつもりです。

  

では、みなさんも、芸術の秋、楽しみましょう。

ART MATTERS!!

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